お金を使うとは。

すごくどうでも良い話をします。

ミラノから東京への帰途、エティハド機内にてFierroの時計を買うか買わないかで1時間ほど悩みました。

行きに何気なく免税雑誌を見ていたら目にとまった時計とピアスとブレスレットのセットで、可愛いなと思ってて、帰りの便も同じラインナップで、やっぱりこれ可愛いから買おうと思い、CAさんに持ってきてもらいました。

この右。

ところが、手にしてから何度も眺め、決められず、なぜ決められないのかと考え、1時間くらい悩んでいました。

客観的にも(自分的にも)クレイジーだと思いました。

ママの「いっぱいお金持ってるんだから、そんなに悩んでないで買っちゃいなさいよ」という声が聞こえてきそうでした。

もうここまで考えちゃうと、これはお金の問題ではなく、価値観の問題だと思いました。

第一に、お金としては、もう社会人なのだし、100USDは冷静にそんなに大金でもない。飲み会2回分、ホテル2泊分だ。

えい、買っちゃおう。!

次に、実用性の観点。

実際、私は時計を使わない。

でも、あったら便利なのかもしれない。

ピアスは6つ可愛いけど、もっと可愛いのはある。

でも、ファーストピアスはちょっと特別なストーリーがあった方が良いかもしれない。

うーん、、

最後に、価値観について。

こういう風に行ってしまうとすごくつまらないんだけど、モノの消費にお金をかけたいか、という事なのだと思います。

いや、個人的にモノを買う事は本当に否定しないし、流行りの断捨離論を言っているのでもないし、所有がハッピーにするなら迷わず買うべきだと思うのだけれども、ま、高級な時計はあんまキャラでもないかな〜と思ったのです。

単なる価値観なので、聞き流してもらって良いのですが、私はモノよりコトにお金をかけるタイプなのだと思います。

あまり深く考えた事はないし、思うままに動いているだけで、実際ずっとそのように何も考えずにいた方が幸せだとも思いますが、迷った時に振り返ってみると、モノより経験にお金を使っていますね。

私はしょっちゅう色んな所に行くし、その度に色んな所にお金を使っていますが、あまり買い物に時間もお金もかけません。

みんなが欲しがるブランドにはあまり興味がないし、服やら鞄やらはsomething specialであるというのを唯一の基準に、たまに買う程度す。

モノの消費ってエンドレスなのですよね。

コトの消費もエンドレスなのですが、経験は自分のユニークネスの一部になるけど、モノはなりにくい。

論理として自分なりに整理すると、
一時の幸福度を高めるのが嗜好品を買う意味で、
自分のユニークネスを高めるのが経験にお金を使う意味です。

ただ、モノの購買による幸福度の高まりは、例外を除いて短期的ですね。

それがよっぽどパッションで心が温かくなる物だったら、長期的に幸せになるけど、私にとっての時計のように、冷静に特に興味もないし使わないものは、たぶん短期的です。

経験にお金を使う事はその場での幸福度も高まるし自分の一部となると思います。
全部ではないし、ハズレもあると思うけど、長い目でトータルで自分になると信じています。
だから、経験は今この時しかできないから、お金も使うのです。

ま、どっちが良いのでもなく、要は自分がどこにお金を使いたいかの価値観が反映されるのだな、と思いました。

だから、この時計が100USDでなくて1000USDであっても同じだと思います。

1時間も迷った後に、あれは何だったのだったと思い、徒然なるままに書き連ねました。笑

こんな機内のDuty freeで買うとは予想もしていなかったし、ぱっと目にとまったのがたまたまイタリア製でやっぱ私の趣味はイタリアなのだと思って色々面白かったけど、たかが100USDの時計に1時間も迷うのはやっぱり馬鹿ですね。

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