社会人1年目を振り返って。もしもう一度就活をするなら。

早いもので1年、去年のちょうど今日は卒業式でした。

自然、振り返る機会は多くなるもので、今回、社会人1年目を終えるにあたり、よくある2つの都市伝説についての考察、実際に私が思う2つの良かった点、そして、もし一度就活をするなら、という3点について、つれづれ述べたいと思います。

2つのMyth

1. 社会人はお金がたまる

1年の実証実験を経て偽であることが証明されました。笑

2. 社会人は成長出来る

よくある就職理由に「成長したいからです」というのがあり、私もその一人でした。

そもそも”成長”の定義を何に置くか、という問題がありますが、「塾に行けば成績が上がる」が多くの人に信じられつつ虚構であるように、「会社で働けば成長出来る」というのは全くを以て甘い幻想です。

やりたいことの規模とか明確性も個人差があり、また就職先の環境自体も本当に変数が多いので、一般論として述べるのは難しく、結局はやってみないとわからないというのが結論ですが、「経験が自分を作る」という私の核からすると、うかうかしてるとよっぽど機会損失の方が大きくなる。

なぜか。

個人としての最適解と会社としての最適解は必ずしも一致しないからです。会社としての合理的な判断として必要な事と自分にとっての必要な事やりたい事は常に同じではない。である以上、学生時代のように、自分が得たい経験を自分だけの決断でほしいままに積む事は難しい。従って、そのギャップを埋めるべく自身の能力を高める努力とテクニックが必要になります。これが私の最初の壁。

私は小さいながら自身が起業していた事もあり、学生起業家の子の就職相談をよく受けるのですが、上記を考えてやりたい事が明確にある人には就職はおすすめしません。自分の裁量で突き詰めて自分の責任で失敗する方が経験を積めるのではないかと思ったりする。

という諸々は、簡単に言うと、「社会人は言い訳が出来る」というのが真実で、この事こそが、成長に対する機会損失を生むのです。

仕事をそれなりにやっていると、「これをやりたい」「これをやるべき」という自らの正直な気持ちをとどめる、色んな理由が出来てしまうわけです。それもすごく都合の良い形で。で、時は流れる。

だから、「社会人は成長できるのか」という問いに対して、入る前に思い描いていたふわふわした’成長’を追うだけでは、よっぽど本質を見失うだけだというのが答えであり、その現実に怯えながら、常に森を外から眺める事を忘れてはならないと思ったのであります。

2つの良かった事

1.料理がうまくなったこと

高校生の家庭科の調理実習では「爆弾」と言われていたこの私が、この会社に入って、料理にハマリしました。笑

ぜひ、我がキッチンを見て下さい〜!^^

https://cookpad.com/it/utenti/9842683

ちなみに、これはCookpad Italia。イタリアを愛するあまりイタリア語を習得、直近のレシピコンテストでは優勝してしまいましたw)

わたしは熱に浮かされやすいので、この手のものは一過性のマイブームであることがほとんどなのですが、料理に関しては、美味しいもの食べられて楽しいというだけでなく、料理が世界に与えるインパクトを割と本気で信じている所があります。ここだけの話、最近は、スローフードとかホームガーデンとか、食に関して本質的に豊かな事を、突き詰めたいと思っている。

料理がこんなに自分の中で大きくなるとは正直予想外でした。

2.自分自身を知れたこと

会社に入ってよかったと思う最大の点は、自分を知れた事ですね。

社会人になって、頭で理解できる事と自分の感情に折り合いをつけねばならない苦しさや、Tentativeな好奇心に従えない物理的な不自由に、会社で働く事は自分には向いていないと何度も思い、はっきりと戸惑いました。正直、今でも何を学んでいるのか、存在さえも定かではない聖ヨハネの王国を追って旅を続けるバウドリーノのような気分です。

そんな私が現時点で思う、社会人になった事による最大のTakeawayは、自分自身に対する理解が深まった事だと思います。

組織の中でチームとして’働くことで、人間としての自分を相対化して、自分とはこういう人、私はこれがやりたい、というのが以前より明確になったのが一番の学びです。

例えば、私は傭兵隊長よりも一国の領主である事を得意に思います。
王なり将軍なり法王なりの優秀な傭兵隊長として、その頭脳を駆使した戦術で目の前の戦いに勝つという使命を全うし、王の信頼を得て英雄になるよりも、与えられた500石の一国の領主として、理想の城下を築き、そのために自ら一番学び、考え、直接民の声を聞き、時には他国に赴いて見識を得て、自ら固める理想に近づく事を目指すのです。

かく言いつつも、こうして自分自身を相対化する機会を最大限ものにしていく事が、会社で働く事で得られる最大の学びだと気づいたのは、ほんの最近の事であります。

もしもう一度就活をするなら

社会人生活1年目を過ごし、その’雰囲気’が少しわかった中で、ふと「もしもう一度就活をするとしたら、どこの会社を選ぶだろう?」と考えました。

まず、就職するでしょうか?

うーーーん、Good questionですね。

自分で仕事を取ってきて形にする友達に素直に感銘を受けるし、仲の良い1つ下の後輩たちがやはり色んな所に旅をしているのを見ると、1年前人生の絶頂にあると思ったあの時の自分の高揚感が胸にうずくし、翻って自分はここで何をしているのだろうか、と思います。

だけど、で、果たして就職する以外に何をしたいか、明確にあるわけではなかったが故に、こうして料理を深く掘る現場で自らの新しい一面に気づいたという意味では良かったのかもしれない。

ここでは、選択肢を広げすぎても仕方がないので、就職する前提として、どの会社を選ぶのか、考えてみたい。

結論としては、それでもCookpadを選ぶと思います。

それは、単純に、新卒でしか得られない不可逆的な経験の価値が1番高いと思うからです。

自分にとって「決断する」という事~長かった就活を終えて~

この記事が、進路を決めた当時の気持ちが綴ってあるもので(余談ながら、有り難いことにこちらは色んな所で取り上げて頂き、結構な反響を頂きましたw)、これを読むと当時どうしてCookpadに決めたのかが書いてあります。

簡単に言うと、’判断’ではなく’決断’としてCookpadに入ったわけですが、である以上、自らの努力でこの決断を正解にするしかない、というのは変わりがないのですが、入って実際に経験して、この経験の価値は不可逆的な貴重性があると思ったのです。何も人事が読むかもしれないからだとか、過去の自分を認めたいからだとかではなく、客観的にそう思う事です。

想像よりもはるかに、新卒1年目は非常に大きな意味を持ちます。他にスタンダードがないために、ストレートに経験1つ1つが意味を帯びるからです。

私の1年目は、いわゆる叩き直しのような’洗礼’は特になかったり、少人数でものすごく期待され可愛がられたというだけでなく、もっと本質的に、自分が自分である事をよしとされ、得意な事を見つけてそれを突き詰める事が堂々と推奨され、これほどにVisionaryに仕事が出来ました。これは希少性の高い環境であると思うし、これが「1年目」であることの意味は計り知れず、その意味で、「不可逆」だと感じます。

私にとってこの1年目がCookpadである事は間違いなく大きな意味を持ったし、私の色になった。偽りなくそう思えるから、もう一度就活するとしても、Cookpadを選ぶべきだと思います。

もちろん、苦しい事も沢山ありました。今全てがうまくいってるとも全く思いません。むしろ満足していない事ばっかりです。

でも、現在の結論は、こうして不可逆的な経験軸の流れの中で、貴重な自分の色を得られたと思い、それは何にも変えられないから、そういうわけで、もう一度就活してもCookpadを選ぶと思います。

ま、ふと深呼吸すれば、就活とかすごく小さい事で、そもそも変えられない過去に対する問いなど愚問かもしれませんね!こんな枠が見えているようでは、世界の矮小化も甚だしいという気もしてきます。

最後に私が敬愛するSisi(オーストリア皇后エリーザベト。帝国最後の王フランツ・ヨーゼフ一世の妻)の以下の言葉を書いておきます。

「鳥のように自由に空を翔け。永遠の蒼の天空をいけるなら、私は喜びのうちに褒め称えよう、自由という名の神を

どうせなら、自由にやりたい事をやろう。空を飛ぶ事を考えたら、なんだって出来る。

 

写真はミラノの北の小さな美しき街Bergamoにて。未来に胸を膨らませつつ、訪れる春の切なさを感じ、時が過ぎていた。

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