「迷ったら前へ」人生の恩師、星野仙一さんの生き様に涙が止まらなくなってしまった

思いつきで、(というか、松江と倉敷は近いと思ったとてつもない勘違いにより、)Pizza Mia Shimaneの後に倉敷に寄って半日過ごしました。

そこで訪ねた星野仙一記念館で、はからずも号泣。

その心の震えを忘れないうちに記しておこうと思います。

ちなみに、倉敷は、というと、じゃん。

これ、No filter.

絵にしたくなる美しさなのですが、暑くてとても歩いてられず、美観地区に立ち並ぶお店に1軒1軒入って涼みながら、ふらついていました。

で、生まれが倉敷だったことから、星野仙一記念館がある、ということを知りました。

私の人生の永遠の恩師であり、「迷ったら前へ」というこのブログのタイトルでもあるこの言葉は、まさしく彼の言葉なのですが、その彼の記念館ならと思って、小道を入って行ってみました。

記念館自体は、正直あまり大した事ないです。こじんまりとした建物の2階の1角に、彼の記念ボールやらユニフォームが展示されています。

で、入った時に、ちょうど13分ムービーが始まる、と言われたので、座って観てみました。

すると、彼の有り余るほどの人間味、愛情、男らしさに、心が震え、始まって3分で不意にも涙が溢れて来て、観てたは良いものの、最後、楽天の監督として、東北に日本一を、そして希望をもたらし、彼が胴上げで舞っている姿を見て、そのドラマを思い、涙が止まらなくなってしまいました。

1人でこんなこじんまりとした記念館の13分ムービーで号泣しているのが、恥ずかしすぎて、終わった瞬間席を立ってしまったら、最後にもう一言あったのを見逃してしまったくらいです。

 

星野仙一さんは、倉敷商業、明治大学からドラフト1位で中日ドラゴンズに入り、沢村賞や初代最多セーブなどの成績を残して引退。

引退後しばらくして中日の監督に就任。2年連続5位の中日を1年でリーグ優勝に導きました。

2001年オフから阪神の監督になり、2年で阪神を18年ぶりのリーグ優勝に。(この頃から私の記憶があります)

2010年オフに楽天に就任したものの、2011年開幕前に3.11。「東北を熱くする」として、チーム一丸となり、2013年には9年目にして球団初のリーグ優勝、そして日本一。

2017年末に野球殿堂入りしましたが、今年1月、70歳でご死去。

なんともドラマチックで、これぞスターだというような人生なのですが、

なんというか、 彼の「勝ちたいんや」っていう闘志、時には乱闘したり選手の頭をクシュクシュなでて褒めたりして、感情を全身で表現する人間味あふれる姿、そして障害のある同級生を毎日おぶったり、福祉施設に通い続ける優しさ、それでもって大事な所は気持ちで勝ちを引き寄せる強さ、そういう生き様そのものに、心が震えました。

あまりにも感動してしまったので、小さな売店に置いてあった『迷った時は、前に出ろ!』という本やら色々買ってしまい、その横にあった椅子に座って、読み始めました。

どうせ外は暑くて、の割に人が多くてやってられないので、ここで居眠り半分、彼の本を読んでいました。

この本は彼の哲学が凝縮されていて、ま、正直その内容は、バリバリ反平成で、いかにも典型的な平成っ子の私には、共感できるところは半分くらいでしたが、それでも、冷静に社会を見つめて本質を見失わない彼には圧巻です。こんなに聡明さとハートの熱さを両方兼ね備えた人はいないと思いました。

 

私は、改めて、彼の素敵さに心奪われ、帰ってからも何度もYoutubeを見てしまいました。

 

ちなみに、記念館で気になっていた、彼の若い頃の歌「街の灯が揺れる」のレコードを見つけたのですが、かっこよすぎたので、貼っておきます。

なにこれ、かっこよいのですけれど。反則でしょ〜〜〜〜〜〜〜

 

星野仙一さんは、私の永遠のあこがれの人生の恩師です。

 

 

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