「明治」といふ国家 @松山にて、9句

2018年7月15日

松山に来ました。端的に、震えたのですが、その時の震え(奮え)を言語化してみます。

ずっと『坂の上の雲』を敬愛し、(ちなみに、うちのトイプードルの名前は「さねゆき」w)
中国の旅順203高地は行って(当時の記事がこちら。ちなみに、かなり良い)、
松山に行ってなかったのですが、今回、満を持して行ってまいりました。(ちなみに、これに向け、本も全8巻、3度目の読破を達成しました〜。)

「本日、天気晴朗なれども風ほぼなし」という、30度超えの灼熱の中、自らも胸が熱くなって、非常に熱い1日となりました。

「まことに小さな国が、開化期をむかえようとしている」

明治という時代、あるいは国家が、なぜあれほどまでに美しいと思えたのか、
その時代観は我々の理解の限界を優に越えながら、なおも心惹かれ、ある種憧憬の念まで抱いてしまう、
その理由が、少し分かった気がしました。

生まれたからには日本一になりたいんじゃ、というような
痛々しいほどまっすぐな志を持って、この明治という時代に挑む彼らの、
その澄みきった心と本質を見抜いた上で一直線に進む強さに心が震え(奮え)たのです。

ーーこの日、浮かんだ句をいくばかりか。

松山は、正岡子規や夏目漱石、高浜虚子をはじめ、文豪を輩出してきた文学の町でもあります。

あらゆる場面でなぜこの町が彼らを育むのか、わかる気がしたのですが、その地において、私も俳句を作ってみたので、行くばかりか、載せておきます。

熱い湯と 明治の清澄に 浸りけり

道後の湯は熱い。
そして、秋山兄弟や子規、漱石のような、痛々しいほどまっすぐな志を持って、この明治という時代に挑む彼らの、その澄みきった心に、胸が熱くなる。
そんなお湯の熱さと明治の澄み切った心の熱さに浸った一日であるなあ。

蝉の音 堪えて目指せし 松山城

四方から聞こえる蝉の音。そのこだまする暑さの中で、松山城の天守閣を目指し、山を登ることよ。

日差しにも 負けじと進む 城路かな

まだ午前中だというのに、この暑さである。
それでもここまで来たんだ、天守閣から城下を眺めないわけにはいかないでしょう。

深緑に 時の重なり 感じけり

この山にすっと生えている木々の深緑の下を、かの漱石や子規も通ったのでしょうか。
深緑から文豪に思いを馳せるようになったとは、私自身も大人になったということだなあ。
この深緑に、そんな何百年という時の重なりと、自らの歳の重なりを感じたのです。

かすみ立つ 城下のビル群 いかにみん

天守閣からの景色は無論良いが、一方で熱されたコンクリートから上がる蒸気の中に、ビルばかりが目に付く。
漱石や子規は、こんなふうになった城下の景色をみたら、なんと思うのだろうか。

冷房に 浸かりつ臨む 天守閣

全面ガラス張りのカフェからは、松山城の天守閣が少しばかり見える。
冷房という現代的な空間の中で、400年前に建てられたものをみるのは、なんとも滑稽なものだなあ。

エアコンと 紅茶とケーキに とまどひて

坂の上の雲ミュージアムを一通り見て、そのカフェにて。
壮絶な生涯、悲愴な戦争、懸命な国家について、深く心を浸した後に、ふと、目の前の現実(エアコン、ケーキ、紅茶)を見ると、100年そこらであまりに異なる時代になっている事に、戸惑いが隠せないなぁ。

ひっそりと 新月見えし 熱帯夜

新月は細く、強い光を放っているのにひっそりとしている。
そんな月がよく見える、熱帯夜であることよ。

温泉に団子で興ずる長夜かな

夏の夜は長い。
美味しいごはんを食べ、道後の湯にのんびりと浸かり、名物の坊ちゃん団子を食べつつ、長い夜が更けていくのを待っているよ。

 

という、1日でございました。

松山、最高ぞなもし。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です