所得の増加が教育ケイパビリティの向上につながるか?<卒論・本論2-5>

本論②クレジットアクセスの拡大は、人々のケイパビリティを向上させるか?

<所得>
1.クレジットアクセスの拡大→ビジネスの利益向上(所得の増加)

<健康>
2.可処分所得の増加→健康への支出増加
3.女性エンパワメント→健康への支出増加
4.健康への支出増加→健康の向上

<教育>
5.可処分所得の増加→教育への支出増加
6.女性エンパワメント→教育への支出増加
7.教育への支出増加→教育水準の向上

次に、もう1つのケイパビリティ項目である教育について、可処分所得の増加が教育水準の向上をもたらすかを検証する。

所得と教育の関係に関する一般論

一般に、所得と教育は強い相関関係にあり、因果関係の方向性はどちらも指摘されている。つまり、親の年収が高いがゆえに子供も良い教育が受けられる、という関係性と、良い教育を受けたから収入の高い職について所得が多い、という2方向の関係性である。
本稿では、所得の増加による教育ケイパビリティの向上を検証するため、親の所得増加と子供の教育水準の関係性に注目する。

特に先進国では、親の所得と子供の教育水準の相関関係は顕著である。例えば、アメリカでは、親の収入と子供の大学進学率や大学のランキングに綺麗な相関関係がみられる。(Chetty .et 2014  http://www.nber.org/papers/w19844.pdf)

親の年収と子供の大学進学率は相関関係にある。
親の年収と大学のランキングも強い相関関係にある。

日本でも状況は同様で、親の年収と学歴は強い相関関係にある。

親の収入による高校卒業後の進路のひらき。親の収入が高いほど4年制大学への進学率が高くなり、高卒就職が少なくなる。
東大生の親の約55%は年収950万円以上。(https://review-of-my-life.blogspot.jp/2016/12/UniversityOfTokyoVsHarvard.html)

こうした事例を見ると、所得と教育水準は強い相関関係にある。因果関係の方向性は両方向あるにしろ、所得が増える事で教育への投資を増やせるため、教育水準を向上させる事が予想できる。

では、途上国におけるマイクロクレジットの文脈でも同様の効果がみられるのだろうか。クレジットアクセスの拡大による教育ケイパビリティについて検証するため、2-2て提示した以下の検証項目を1つずつ検証する。

5.可処分所得の増加→教育への支出増加
6.女性エンパワメント→教育への支出増加
7.教育への支出増加→教育水準の向上

5.可処分所得の増加は教育支出の増加につながるか?

所得が教育水準を増加させる、という論の中間項に「所得による教育に対する支出増加」があり、その支出によって教育水準が高まる事をもって、教育ケイパビリティの向上とする。本項では、まず意志の確認として、可処分所得の増加が教育支出の増加に結び付くのかを検証する。

Tseng(2011)は、貧困層の意識の中では教育の優先順位が低いため、彼らはクレジットを得たときに、教育の支出を増やしにくい事を指摘する。その1つの理由として、貧困層の家庭は教育に対する投資がもたらすメリットについて確信が持てない(Khumawala 2009)という点を紹介している。

例えば、Lillard and Willis(1994) は、マレーシアにおける調査から、親の教育レベルと子供が学校に行ける可能性には正の相関関係がある事を示した。

また、Nicholas D. Kristof (2010)は、’There is an ugly secret of global poverty’と言って、貧しい家庭の親が子供の学費よりも自分の酒に優先的にお金を使っている様子を書き連ねながら、親の意識の中で教育の優先順位が低く、お酒に使うのと同じ額のお金を子供の教育に使えば、子供はより輝かしい未来を生きれると主張している。

こうした事例より、親の教育に対する意識によっては、単に可処分所得が増えただけでは教育水準の向上につながらないケースも多いと考えられる。

児童労働との関係

さらに、事態を複雑にする重要な問題として、児童労働との関係性がある。

Tseng(2011)は、マイクロファイナンスが児童労働を拡大し、ゆえに教育を妨げている可能性を指摘した。つまり、マイクロファイナンスでビジネスを開始・拡大する事で人手が必要になり、結果的に自分の子供を学校に通わせるよりも家業を手伝わせるようになる、というのだ。

例えばHazarika and Sudipta (2007) は、マラウィの零細企業と児童労働の関係性を調べ、特に労働需要のピーク時に、マイクロクレジットへのアクセスが児童労働を増加さえる事を発見した。

同様に、Maldonado et al. (2003)も、ボリビアでのフィールド調査の分析から、経済的な制約を抱える家庭で農業や労働集約的な零細企業は、マイクロファイナンスによって母親がビジネスを開始・拡大する事で、農業やそのビジネスでの手伝いか、兄弟の面倒を母親に代わってみさせるため、児童労働の需要が新たに高まる事を示した。

その他の多くの研究(Psacharopoulous(1997)、Jensen & Nielsen(1997)、Patrinos & Pascharopoulos(1997)など)も、起業活動が児童労働の増加につながったと主張し、マイクロファイナンスが子供の教育を妨げている可能性を指摘する(Tseng 2011)。

このように、マイクロファイナンスは、クレジットアクセスの拡大によって、子供の教育にプラスの影響を与える事がある一方で、児童労働の需要を高めて子供が学校に行くことを妨げる可能性も指摘される。

6.女性エンパワメントが教育への支出増加につながるか?

女性エンパワメントと教育支出を直接的に実証した研究は見つからなかった。しかし、女性エンパワメントと子供の教育水準に関する研究は多数存在するので、ここでいくつか引用する。

Pitt and Khandker(1998)は、女性への貸付が1%増えると、その娘の登校率は1.9%、息子の登校率は2.8%増加する事を発見した。

また、Todd(1996)は、女性顧客94%のグラミン銀行において、借り手の女性の息子の81%は何らかの形で学校に行っていたのに対し、コントロールグループ(貸付を受けていない似たような女性の集団)では、彼女たちの息子の54%しが学校に通っていなかったと報告した。

これより、女性に対する融資によって、女性がエンパワメントされた状態であると、所得の増加が、家庭支出における教育費の増加につながり、子供を学校に行かせる可能性が高い事が分かる。

7.教育への支出増加が教育水準の向上につながるか?

興味深い事に、教育はその効果が表れるまでに時間がかかるためか、’支出(expenditure)’というよりも’投資(investment)’という言葉が使われている。よって、本項においても、教育へお金を使う事に対しては、’投資’という言葉を使う事とする。

教育投資と教育水準に関する一般論

一般に、特に高等教育になるにつれて教育にお金がかかるため、家庭の教育に対する投資と子供の教育水準は相関関係にある。

例えば、アメリカでは、2014-2015年のデータによると、公立大学の平均の学費はアメリカ人学生の場合年間$9,139、私立大学だと$31,231である。
(https://www.forbes.com/sites/mikepatton/2015/11/19/the-cost-of-college-yesterday-today-and-tomorrow/#2646cc0e6060)

日本でも、本項初めに示したように、子供の最終学歴は親の経済力と比例関係にあるが、これは下のデータを見ると、家庭における大学教育の教育負担が大きい事が大いに関係している事が分かる。

家計の貯蓄率は子供が大学生の時にマイナスになる。これは学費負担が大きい事を表している。
子育てのつらさの原因のトップ2が、子供の教育費に関するものであり、特に半分近くの人が、子供の将来の教育費用の負担を訴えている。

(出典は文部科学省のHP)

これより、教育は非常に費用がかかるため、それを支払えるかどうかの経済力が子供の教育水準を決める1つの大きな要素である事が分かるため、教育投資の増加は、教育水準の向上に結び付くことが言えそうである。

教育に投資する意志および能力がありつつも教育水準の向上につながらないケース

しかし、上記の事は教育環境が整っていて、費用がボトルネックになっている場合のみに言えることである。つまり、教育に対する支出を行う意志および能力があっても、実際に相応の教育を受けられる環境がないと、支出を増やした所で教育水準の向上には結びつかない。例えば、通える範囲に学校がなかったり、学校そのものの教育体制が整っていなくて、教師の質や数が確保されていなかったりする場合がこれにあたるだろう。この場合、親に教育に投資する意志および可処分所得があったとしても、それを教育のケイパビリティ向上につなげる事が難しい。

例えば、タンザニアでは、2001年から初等教育無償化を実施しているが、2011年の時点で、初等教育を終えられない子は26%に上る( EPDC extraction of DHS dataset 2011)。これは、お金がボトルネックでないことを表しているが、その1つの大きな原因が学校が近くにない事である。この点をよく表しているのが、片道徒歩1時間半かけて小学校に通う8歳の女の子を扱ったBBCの記事である。7キロ離れた学校に行くために、蛇をよけながら草原を歩いたり、あるいは危険な交通の激しい道路や線路を歩いたりする必要があり、学校に通うためには動物、乗りもの、誘拐などあらゆる危険にさらされる。

また、学習環境や先生の質や数についても大きな問題がある。例えば、タンザニアにおける2007年の調査では、初等教育において、14%の子供たちは、問題集、ペンまたは鉛筆、定規という3つの基本的な学習用具のうち少なくともどれか1つを持っておらず、97%の子供たちは、自分だけの数学の教科書を持っていなかった。さらに、先生の数も圧倒的に不足しており、先生1人に対する生徒数の目安は40人であるのに対し、2000年では47人、2007年には63人に増えている(SACMEQ 2010)。南・東アフリカの国の調査では、このような学校の環境の中、6年間の初等教育を受けた後、62%の子しか最低限のリーディングスコアを越えられず、33%の子しか数学の最低水準に達しなかった(UNICEF)。

 

このように、親に教育に投資する意志および可処分所得があったとしても、学校が近くになかったり、学校環境が整っていなかったりすると、実際の教育水準の向上に結び付けられない場合が存在する。

ターゲットの精査

では、一体、教育に対する可処分所得の増加を実際の教育水準の向上につなげられないのはどんな層の人なのだろうか?

上記で挙げたような、通える範囲に学校がなかったり、教師の質や数といった学校の教育体制が整っていないような状況にあるのは、そもそも生活水準が高い層ではないと予想される。

例えば、教師1人当たりの生徒数の統計データを見ると、以下のようになり、教師が不足している(1人当たりの生徒数が多い)国は、総じて発展途上国である事が言える。

出典:http://www.theglobaleconomy.com/rankings/Student_teacher_ratio_primary_school/

また、Becchetti & Conzo(2010)は、ブエノスアイレスにおいて、従来の研究の欠点に対して、長期間のサンプルと後向き調査や、セレクションバイアスや生存バイアスを最小化した研究手法を用いて、マイクロクレジットのインパクトを調査した。特徴的なのは、借り手をさらに細分化してセグメントごとのインパクトを検証した事である。サンプルを借り手の経済的な生活水準と通学コストの2軸で分け、マイクロファイナンスの結果を比較した結果、経済的な生活水準が高く、学校から離れている(通学コストが高い)地域でのみ、マイクロファイナンスのプラスの効果がある事を証明した。

こうした結果をもとに見ると、クレジットアクセスをうまく子供の教育におけるケイパビリティ向上に結び付けられるのは、ある程度生活水準の高い層であり、貧困層であるほど、クレジットアクセスを生かして教育の向上につなげる事は難しい事がうかがえる。

節のまとめ

以上、この節ではクレジットアクセスが所得の向上を媒介に、教育水準の向上につながるかどうかを検証してきた。結論として、まず所得の向上が教育に対する投資につながるかどうかについては、人々の意識によって大きく異なり、子供の教育の重要性が十分に認識されず、可処分所得の増加が教育投資の増加につながらない場合も多くある。また、マイクロクレジットは人々がビジネスを開始・拡大するのを助ける半面、人手が必要になり、子供がそのビジネスを手伝う事になり、学校に行く事を妨げる可能性も示唆されている。一方で、女性がエンパワメントされた状態であると所得の増加が教育投資への増加につながりやすいという結果も見られた。そして、教育への投資が最終的な教育水準の向上につながるかどうかは、文脈によって様々である。例えば、近くに学校がなかったり教師の質や数が担保されていない場合など、費用以外のボトルネックが存在する可能性が高いからだ。さらに、この対象の人々セグメンテーションして考えると、もともと生活水準の低い人の方がこうした悪環境にある可能性が高く、もともと生活水準が高い方が、教育投資を教育水準の向上につなげやすかった。

以上より、マイクロクレジットが教育のケイパビリティを向上させる可能性については、一概に向上させるとは言えず、その意志と能力という意味で、可処分所得の他、教育の重要性に関する認識、児童労働との関連、教育環境などの要素が決定要因として介在する。その中で、よりクレジットアクセスの拡大、所得の増加を教育のケイパビリティ向上につなげやすいのは、ある程度生活水準の高い層であり、貧困層に対しては、様々なアクターを巻き込んだ複合的なアプローチが必要になる。

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