所得の増加が健康のケイパビリティ向上につながるか?<卒論・本論2-4>

本論②クレジットアクセスの拡大は、人々のケイパビリティを向上させるか?

<所得>
1.クレジットアクセスの拡大→ビジネスの利益向上(所得の増加)

<健康>
2.可処分所得の増加→健康への支出増加
3.女性エンパワメント→健康への支出増加
4.健康への支出増加→健康の向上

<教育>
5.可処分所得の増加→教育への支出増加
6.女性エンパワメント→教育への支出増加
7.教育への支出増加→教育水準の向上

前項では、クレジットアクセスの拡大が所得の増加につながるのかを検証した。本項では、では所得が増えると、重要なケイパビリティの2つ目である健康が改善するのかについて検証したいと思う。

一般論としての所得と健康の相関関係

所得と健康について、その相関関係を示す研究は多い。

例えば、Bueno(2011)がアメリカにおける所得と健康状態、健康に関する支出の相関関係を調べた研究によると、ある一定ライン(週の貧困レベルの500-600%)に達するとそれ以上所得が多くても健康状態に変化はないが、それまでは所得が高いほど健康状態が良い事がわかった。さらに、貧困層ほどそのカーブが急であり、所得が健康に与える影響は大きい。

(https://dspace.mit.edu/bitstream/handle/1721.1/65780/749495000-MIT.pdf?sequence=2)

また、日本においても、「健康格差」が話題となり、社会疫学者の近藤克則氏が要介護者の割合を所得階層別に調査したところ、平均すると低所得層(※1)の要介護者は17.2%に上り、これは、高所得層(※2)の約5倍にあたる。また、65歳以上の高齢者約1万5000人を対象とした調査では、男性のうち年収200万円未満の人の死亡リスクは年収400万円以上の人の約3倍、がんの死亡率に絞っても約2倍だったと発表している。

※1:給与所得控除後の総所得が0万円。夫婦で公的年金のみの場合で約175万円未満
※2:同所得200万円以上に加え公的年金175万円以上
(http://biz-journal.jp/2016/12/post_17617.html)

このように、様々な国における研究結果が、所得と健康のはっきりとした相関関係を示している。ただし、注意しなくてはならないのは、これはあくまで相関関係であって、因果関係ではないという事である。極端な例を出すと例えば、健康な人は風邪で仕事を休む事が少ないから所得も高くなる、という事も考えられなくはないのである。

しかし、単なる所得だけでなく、学歴や職業などいわゆる社会階層を指標として見ても、健康との相関関係は大きい。

米国の約1万4000人20年以上追跡調査した結果、学歴と心筋梗塞や脳卒中のリスクは相関関係にあった。https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20170725-OYTET50005/20170725-027-OYTEI50001-L-JPG/
英国の国家公務員を長期追跡調査した結果、職業と死亡リスクにも相関関係が見られた。https://www.jstage.jst.go.jp/article/ojjams/28/1/28_21/_pdf/-char/ja

よって、こうした様々な指標から見ても、いわゆる社会階層と健康の相関関係が見られ、これより、所得と健康の相関関係において、健康が所得に影響を与える事も否定はしないが、所得が健康に与える影響も大きいと考えられる。

この相関関係の原因の仮説は様々あるが、医療機関の受診、食べ物への家計支出(栄養摂取)、職業上のストレス、運動習慣などで所得との相関関係が現れている事から、こうした要素が総合的に関係していると思われる。
(http://mental.m.u-tokyo.ac.jp/sdh/pdf/messagetopeople.pdf)

こうした事例を踏まえると、マイクロクレジットによって所得が増加する事で、健康状態が改善される事が予想される。しかし、それが真であるのかどうか、またそれが人によって異なるのか、検証していきたい。

 

ここでは、所得が増える事と健康になる事にはまだ飛躍があるため、さらに2つに細分化して考える。すなわち、所得の増加が健康への支出につながり、その健康に対する支出の増加が実際に健康につながるという事である。言い換えると、健康ケイパビリティを増加させる意志と能力である。

よって、本項では、前項で掲げた検証項目でいうところの、
2.可処分所得の増加→健康への支出増加
3.女性エンパワメント→健康への支出増加
4.健康への支出増加→健康の向上
の3つをそれぞれ検証していく。

2.可処分所得の増加は健康への支出増加につながるか?

まず、マイクロクレジットを受ける人々の健康ケイパビリティの意志の有無について確認したい。クレジットアクセスによってビジネスの利益を向上させることに成功し、所得が増加した人、あるいは、より直接的に健康ローンを受けた人は、可処分所得が増える事になるが、果たして、この増えた分の可処分所得を健康のケイパビリティ向上のために使うのだろうか?

研究結果はおおむね、健康への支出増加につながる事を示している。

Zeller and Sharma (1998) がアジアとアフリカの7か国におけるクレジットプログラムの影響を調べた研究では、データが入手できた4か国のうち3か国で食べ物に対する支出が増え、5か国中3か国でカロリー摂取量が増加した。

(http://cdm15738.contentdm.oclc.org/utils/getfile/collection/p15738coll2/id/125707/filename/125738.pdf)

さらに、Kondo et al. (2008)の研究結果は、所得の増えた家庭では、食料への支出が増加している事を示している。

このように各マイクロクレジットによって可処分所得が増える事で、健康への支出はおおむね増加する事が示されているといえる。

3.女性エンパワメントは健康への支出増加につながるか?

マイクロクレジットの女性エンパワメント効果

一般的に、マイクロクレジットは、女性エンパワメントを促進する効果があると言われる。

Tseng(2011)は、アマルティアセンの言葉を引用しながら、一般に言われているマイクロファイナンスの女性エンパワメントに対する貢献をまとめている。彼によると、マイクロファイナンスは第一に、女性の所得や社会的なステータスを高め、社会的なジェンダーの平等に貢献するとともに、第二に、出産コントロールなどを通して、家庭内における決定権を高めて女性をエンパワメントすることに貢献するという。

女性エンパワメントによる家庭支出の変化

では、女性がこうして決定権を持つ事で、実際に家庭の支出に変化があるのだろうか?

Pitt and Khandker(1998)は、良く引用されているバングラデシュにおけるマイクロファイナンスの効果を研修した論文の中で、女性に貸した時には家庭支出が18%増えるのに対し、男性に貸した時には、11%しか増えなかった事を発表した。

さらに、Khandker(2005)は続く研究の中で、女性に貸した場合、約15-20%家庭の支出が増え、食への支出も7-11%増えるのに対し、男性に貸した場合は、逆に家庭支出は約6-16%減り、食への支出も約11-13%減ったことを報告した。

これより、男性に貸した時との比較で明らかになったように、マイクロファイナンスによる女性エンパワメントは、家庭の支出構造を確かに変化させ、食など健康に関するものへの支出が増える事が分かった。

所得増加の支出へのインパクトについての結論

以上より、上記、2,3に問いに対する答えをまとめると、マイクロクレジットによって可処分所得が増えると、おおむね健康に関するものへの支出は増える事が分かった。さらに、この効果は、女性に貸し出した時の方が確かであり、女性に対するクレジットプログラムは、所得増加を含めて女性エンパワメントにつながり、結果的に家庭において健康に関する支出を増加させることになった。よって、意志の観点では、おおむねこうした人々は健康のケイパビリティ向上に対する意志があり、特に女性においてそれが顕著であると結論づけられるだろう。

4.健康への支出増加は、実際に人々の健康を改善するか?

では、健康への支出が増える事で、実際に人々の健康を改善する事になるのだろうか?

Zeller and Sharma (1998)は上記で引用したアジアとアフリカの7か国におけるクレジットプログラムの影響を調べた研究の中で、データが取れた4か国のうちどれも、子供の栄養状態においては相関関係が見られなかった。彼らは、その理由として、栄養状態の改善には清潔な水へのアクセスや医療機関の受診、健康に関する知識などほかの様々な要因が影響する事を挙げている。

再掲

ここから言える事は、マイクロクレジットによって所得が増える事で、食料などへ多く支出できるようになる事は確かだが、Tseng(2011)がまとめるように、食の安全保障や栄養状態が改善されるかどうかは国やプログラムによって様々であるという事である。言い換えると、支出増加に見られるように、意志はあるものの、財をサービスに変える能力は文脈によって異なる可能性が大きい事が言えそうだ。

最終的に健康の改善にまで行きつくのはどんな人か?

そこで考えたいのは、クレジットアクセス、ひいては所得の増加によって‘誰の’健康が改善されるのか、という点である。意志があってもそれが実際の健康増進に結びついていない結果が出ているとすると、クレジットを手段として、「健康」という「機能(functioning)」に変換できる能力が高い人はどんな人なのか?

ここでは、所得が増えて、健康に関する支出が増えたにも関わらず、最終的に健康状態を改善させられなかった原因を考える事で、対象のセグメントに対する仮説を提示したいと思う。

Zeller and Sharma (1998)はこの点に関して、清潔な水へのアクセスや医療機関の受診、健康に関する知識などを指摘する。では、健康に対する支出を増やせて清潔な水を手に入れようとした時に、実際に手に入れる事ができないのは、どんな人だろうか?

UNDP(2006; 7)のレポートによると、世界の水道水の85%はトップ20%の富裕層の人々に使われていて、清潔な水へのアクセスに欠く人々の3人に2人、下水設備のない所で住む6億6000万人の人々は、1日2ドル以下で暮らす貧困層である。さらに、本レポートは貧困層は清潔な水を手に入れるために富裕層よりも多くお金を支払う必要がある事を指摘する。例えば、ジャカルタ、マニラ、ケニアにおいて、スラムに住む人は同じ市に住む他の人よりも、水道水の単価が5倍から10倍高くなっている。こうしたスラム在住の人々はニューヨークやロンドンに住む人々よりも多くの水道料金を支払っている。こうした事実は清潔な水へのアクセスと貧困が相関関係にある事を明示している。

同様のことが医療機関を受診できない人にも言える。健康に対する可処分所得が増えて医療機関を受診しようと思ったにも関わらず、実際には行けない人というのは、近くに医療機関がなかったり、家計を支えるために仕事を長期間離れる事が出来なかったり、あるいは家族(夫など)から医療機関への受診を禁止されたりする人だろう。こういった人々はBOP層である事が多く、つまり、健康に対する可処分所得の増加を実際の健康向上につなげられる人は、もともと一定以上の生活水準を確保している層である事が予想される。

よって、「健康の可処分所得の増加を健康改善につなげられるのは誰なのか?」という問いに対する結論として、「もともとの生活水準の高い人の方が健康ケイパビリティを向上させやすく、貧困層は難しい」という事を主張する。

包括的なアプローチの検討

上記見たように、基本的にマイクロクレジットの恩恵は、生活水準が高い人ほど健康ケイパビリティの向上につなげられる傾向にあり、貧困層がきちんと健康改善までにつなげられるようにするには、より包括的なアプローチが必要になる。

健康教育と組み合わせたマイクロクレジット

その包括的なアプローチの例が健康に関する知識を普及する活動である。これは、特に貧困層に多いケースとして挙げられるのは、健康ケイパビリティを向上させる意志及び能力が向上しているにも関わらず、健康や衛星に関する知識が不足しているがために、効果として健康状態が向上しないという課題である。これに対して、マイクロクレジットで健康改善のための可処分所得を高めつつ、知識教育を行う事で、最終的に健康状態の改善にまでつなげる事を目的としたアプローチである。

Dohn et al. (2004)はドミニカ共和国でマイクロクレジットと健康教育を組み合わせる事の効果を実証した興味深い研究を行っている。
彼らは、マイクロクレジットだけを受けるグループ、健康の知識教育だけを受けるグループ、マイクロクレジットと教育プログラム両方を受けるグループに分け、下痢の発生率を観察した。その結果、マイクロクレジットだけを受けたグループは下痢の発生率にほとんど変化がなく、健康教育のみのグループは29%発生率が低下し、両方を受けたグループは43%発生率が低下した。

さらに、McNelly et al. (2003)は、ボリビアにおいて、貧困層に対してマイクロクレジットと教育を組み合わせた事による女性と子供の栄養状態へのインパクトを検証した論文の中で、クレジットと教育がセットになって女性に提供された場合は、所得増加、健康に関する知識や習慣の改善、女性エンパワメントに対してポジティブな効果が生まれた事を示した。実際の栄養水準の向上は短期間では現れないが、健康教育の質が非常に高い時には、子供の年齢に対する体重の数値に改善が見られた。

このように、マイクロクレジットのみでは貧困層は健康に関するケイパビリティを向上させる事は出来ないが、それを健康教育などほかのプログラムと組み合わせて包括的なアプローチを行う事で、効果的にケイパビリティを向上させる事が出来た。

女性エンパワメントの効果を利用したクレジットプログラム

貧困層が実際に健康のケイパビリティ向上につなげられるためのもう1つの方策が女性エンパワメントの効果を利用したものである。

Todd(1996)によると、グラミン銀行の長期的なインパクトについて検証するため、バングラデシュの2つの村で1年間住みこんで行った研究において、グラミンのマイクロクレジットプログラムに参加した女性の子供は、年齢に対する身長と体重、身長に対する体重の3つの指標において、コントロールグループより健康的な結果を示した。グラミン銀行は、94%の顧客を女性(※)としている。※https://www.gdrc.org/icm/grameen-supportgrp.html

Pitt and Khandker(1998)も同様に、女性に対する貸付を10%増加させると、腕の太さの平均は、女子で45mm、男子で39mm太くなり、平均身長も女子で36mm、男子で50mm高くなった。これは、女性へのマイクロクレジットが子供の健康状態を改善したことを表している。

このように、女性を対象に貸し付けたプログラムにおいては、貧困層へのプログラムにおいても家族の健康指数が向上している事も報告されており、1つの方向性として、女性エンパワメントによる効果を利用したプログラム設計も考えられる。

健康ケイパビリティの向上に対する結論

以上より、所得の増加がケイパビリティ項目の1つである健康を増進するのか、という問いに対する結論は以下のようにまとめられる。

まず、所得が増加する事で健康支出はおおむね増える事から、人々の間に所得の増加を健康ケイパビリティにつなげる意志は確認できた。

一方で、支出が増えた事が実際の健康につながったかどうかについては、研究結果が混在しており、導き出される示唆は、もともと生活水準の高い人ほどマイクロクレジットの恩恵を受けて実際の健康改善までつなげやすく、貧困層はそれが難しい傾向にあるといえる。

そこで、貧困層に対してはクレジットによる所得増加だけにとどまらない包括的なアプローチが必要になるが、その方向性としては、健康教育と組み合わせたり、女性エンパワメントの効果を最大限生かせるようなプログラム設計があげられる。

ここまで、所得の増加による健康ケイパビリティへの影響を検証した。次項では、もう1つのケイパビリティ項目である教育に対するインパクトを検証する。

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