バリから6年。途上国開発のアップデート<卒論・序論②>

今から6年前、17歳の夏。私は初めて途上国の地に足を踏み入れました。
家族旅行で行ったバリ、ここが私が途上国開発に興味を持った原点です。

ジャカルタ・スカルノハッタ空港のカオスな入管は今でも鮮明に覚えていますし、予約していたホテルから「ASEANをやるからOverbookingになった」と、出る日の朝にメールが届き、混乱の中トランジットの時間に母が電話で一生懸命話していたのを思い出します。

このバリで、私は初めて「貧困」というものを目にしました。

私たちは、いわゆるリゾート生活を送り、ヴィラに泊まって、フラワーバスに入って、リゾート内をバギーで移動して、、、というそのヴィラから一歩出た時、今でもはっきり覚えているのですが、
「おばあさんがほとんど裸の状態でタイヤのチューブも籠も付いていない自転車に乗って、その横で6歳くらいの女の子が桶を持って裸足で歩いている」
という光景を目にしました。ヴィラは、作られた楽園だったのです。

その時に、単純に「この差はなんだろう」と思いました。正直、別に可哀そうだな、とは思わなかったのですが、この時に見た「差」はずっと心に残っています。

その後、自分の能力や環境が相対的に優れている事が分かってきて、「何か社会に還元したいな」と思った時に、途上国の人々と一緒にやりたい、と思い、途上国開発、特にビジネスサイドからの自律的な経済構築への貢献に興味を持ちました。進学振り分けでは、より現場に近い所で途上国の経済やビジネスについて学べる所を探しました。

こうして、教養学部の国際関係論コースに進学しました。

理論だけではもどかしく、アフリカに長期インターンに行ったり、東南アジアを周遊してみましたが、常に頭にあったのは「途上国開発への貢献とは何か?」という事でした。開発経済も国際政治も国際機関の仕組みも一通り勉強しましたが、例えばGDP成長率や所得といった経済指標の改善が貢献であるのか、実感値として違和感を感じます。

私が、途上国の人々が「貧しいな」と感じる瞬間は、「人生の選択肢が限られている」と感じる時だったのです。

今年も東南アジアを中心に数えると15か国以上、計5か月間を海外で過ごしてきましたが、その中で経済指標上は貧しいとされる彼らがすごく幸せな姿をたくさん、たくさん見てきたし、身を置かせて頂いて、私自身も非常に幸福度が高まった経験をさせて頂きました。

一方で「貧しいな」と感じる時もありました。

バスでカンボジアの国境を越える時、手前5㎞の所で男が乗り込んできて、「VISAを取ってやるからパスポートを渡せ」と言ってきた時。この人は毎日こうしてバスに乗り込んで観光客をだまして仲介でお金を巻き上げている、言うなれば、人をハッピーにしない方法でしか生計を立てられない事に、貧しさを感じました。

あるいは、フィリピンでUberに乗った時の会話で、「それ以外に職がなくて日銭を稼ぐためにドライバーをやっている」と聞いた時。私たちが生きがいの1つとして仕事を考え、好きな事や得意な事を生かせる道を選んでいる一方で、教育などでスタートラインが違うために、心がわくわくしない事で日銭を稼ぐ日々を送っている事に、貧しさを感じました。

こういった節々で感じた貧しさを突き詰めると、彼らの「人生の選択肢」が限られている事にありました。人は、人を幸せにしない方法で自分が利益を得る事に快感を得られないし、自分の潜在能力が最大限生かされない環境で満足して暮らす事はできません。

翻って、自分が、今、充実した人生を送っていると心から思えるのは、「人生の選択肢」があるからです。言い換えると、自由だからです。努力次第で、自由に自分が価値を置くものを追求できるからです。

就職活動において、選択肢の中から自らの人生について決断していくこの過程で、自分自身を学び成長していく事を感じたし、悩みぬいた上で決断した結果、描かれた未来を思い、心からわくわくしました。この経験そのものがすごく豊かな事だったのです。

一方、彼らは、目の前の外国人から数十円でも多く稼ぐ事しか選択肢を持たない、少なくとも見えていない。GDP成長率が低い、所得が低い、ことが貧しいのではありません。「人生の選択肢が限られている」、言い換えると、自由や可能性が阻害されている事が貧しいのです。

今、私は、途上国開発とは、こういう「貧しさ」を対象にすべきなのではないかと考えたし、私が自身のエネルギーを使って対処したい途上国開発による貢献とは、この「人生の選択肢の拡大」であるのだと考えます。これが、6年前にバリで初めて貧困を目にして以来、私の途上国開発に対する考えのアップデートであります。

まさにこの「人生の選択肢の拡大」を「ケイパビリティの向上」として確立したのがノーベル経済学賞を受賞したアマルティアセンのケイパビリティ・アプローチです。

よって、本論文では、「途上国開発の貢献」を「ケイパビリティの向上」と置いて、彼のアプローチを取り入れた考察を行いたいと思います。

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