「そこから旅順港は見えるか!」「見えまーす!丸見えであります!」
3月2日、私は、この二〇三高地から、旅順港を見渡していました。瞬間的に、上記のフレーズが浮かんできました。
そして、確かに、あの旅順港が「丸見え」であり、「一望のもとに収めることができ」ました。
言葉はいりませんね。感動で体中が震えました。
朝一で上海をたって大連の友達を訪ね、空港に着くやそのまま旅順に連れて行って頂きました。
運転してずっと一緒に回ってくれたのが、シーザーのおじさんで、中国の元海軍中佐の方でした(なんという巡り合わせ)。
二〇三高地を登ると、28サンチ砲があって、その大砲が旅順港を見下ろしています。
あの砲が、港に集結していたロシアの旅順艦隊をことごとく沈めたのですけれど、印象としては「意外と遠いな」。砲というものの威力がまったく想像できなかったのであります。
帰ってきて、写真を見て感動冷めやらぬままに、一句詠みました(笑)。歌を作ったのは最初で最後かもしれないです。
爾靈山(にれいさん) 蒼き港を見渡せば
夢かうつつに 我が身震えり
今蒼き 海も彼の世の 色は何
真の平和を 願わんばかり
ーー
今眼前に真っ蒼な港が広がっています。
「坂の上の雲」を読みながら想像していた二〇三高地。その沢山の人の思い、意味が詰まった場に、自らが立っている事、その夢が現実になった事を実感して体中が震えます。
しかし、今は美しいこの蒼も、戦争をしていた当時は何色だったのでしょう?砲弾の煙の黒や、血の赤で染まっていたに違いありません。
それを思うと、敵味方、人種関係なく心が痛み、真の平和を願うばかりです。
ーー
本当に、書ききれないくらい色んな感情が混ざった数時間でした。
興味深いのは、二〇三高地を下っている時、ロシア軍が掘った壕なんかも見て(ちなみに伊地知の作戦により、ここで日本軍は尋常じゃない流血を強いられた)、中国の元海軍中佐の方が、
「これからは平和の時代です。戦争は馬鹿みたいに高くつくし、中国もアメリカももっと違う人やお金、エネルギーの使い方がある」
とおっしゃって、私もtotally agreeという会話がありました。
(もちろん、彼は日本語も英語もしゃべれないので、シーザーが通訳してくれました)
元海軍中佐の方でさえ、そう思うようになったっていう時代の変化に驚くとともに、中国に対するイメージや理解が少し変わりました。
ちなみに、そのおじさんは、最後私が大連を去った後、こんな言葉をシーザー一家に送っていたそうです。
我这是第一次面对面接触外国孩子,真的能感觉到外国孩子心灵的单纯美丽,内涵的丰厚 ,愿好运一直伴随她
もちろん、私の中国語能力では半分くらいの理解が限界なんですけど、ちょっと日本語から想像出来たりします。
ちなみに、訳は
私は初めて外国人の子供に会いました。
本当に感じる事ができるのは、この外国人の子供は心が純粋で美しく、教養が豊かであったという事です。
幸運がずっと彼女に訪れるよう、願います。
*美雨=美しい
*内涵=教養
*丰厚=豊か
*原心=願う
*好运=好運
*一直=ずっと
*她=彼女
これを必死で辞書引いて意味を解読していった時の気持ちを想像できますでしょうか?
本当に心が温まりました。
こうして、国境を超える事で、また一つ、温かい思い出と、かけがえのない人との出会いを重ねることが出来ました。
心から、どうもありがとうございました。謝謝。
ちなみに、心から本を読むことをおすすめします。
NHKが10年に一度といわれる大作を出したのですが、これ見るともっくんのファンになります笑
そして、こちらが中小路家の愛犬、「さねゆき」さん、愛称「さねちゃま」です。笑 もちろん、一家が坂の上の雲ファンである事が名前の由来です。
One Reply to “爾霊山 蒼き港を 見渡せば~旅順・二〇三高地~”