中小路家の愉快な仲間たち番外いとこ編~京都からヒッチハイクで上京してきた~

おーい、東京きたでーーー

今日の昼頃「おーい、東京きたでーーー」ってラインが来て、
私明日からオーストラリアで、夏服かき集めたり、水着探したり、ビーサンどこも売ってなくて何軒もはしごしたりしてばたばたしてるから、
うち来てって言ったら、まじで来たわ!

んで、駅迎えに行ったら、でっかいバックパック担いで、むっちゃ重たいテント道具持って立ってるの!「いやぁ東京だと痛いわ~」って。まあ、そりゃそうかもねw

この子はヒッチハイクで日本1周するような子じゃないと思ってたの。

中小路家の長男の長男で、何不自由なく育って、付属から同志社で、でも(ずる)賢くって、お調子者で、普通に外さずうまくやってくタイプだと思ってたの。
別にわざわざ痩せる思いまでして、時には痛い目でみられるかもしれない事なんてしなくても良いじゃん。

ところが、なんか開花しちゃったんですね。今日語った事で、ちょっとその理由が分かった気がするけど。とにかく、今20歳なんだけど、大1の時北海道でヒッチハイクした事がきっかけで目覚めたらしいです。

わたしたち4人の軌跡

いとことはめっちゃくちゃ仲良くて、ほんとにほんとに仲良くて、「血縁大好き」って言ってきたんです。

私と同じ年の女の子(ちっち)、その弟でわっくんと同じ年の男の子(このヒッチハイカー、たかひと)、弟、私、の4人は、京都に帰省するたびにずーっと一緒で、飽きもせず永遠に昼夜遊び続けてました。

当然、ものすごく喧嘩もして、ボスの私が威張りちらして、たかひとはずるがしこく上手い事やって、ちっちは唯一のほほんってしてて、わっくん(私の弟)が泣くっていうのがデフォでした(笑)

親同士はスーパー仲悪いんですけど、それでも、この4人はめっちゃくちゃ仲良くて、「やっぱ血ぃ繋がってるわ」っていつも思うのです。

ようこそお城へ

 

「本気は伝わる、やってみたらなんでもできる」

で、そのたかひとが、今日来たんですわ。話聞くと、すごいんです。
ここでは私の経験と重なる事があって一番納得のいったものをメモ代わりに書いておきますー。

「本気は伝わる、やってみたらなんでもできる」

ヒッチハイクで南下して沖縄に行った時の事。
北海道で農家の経験をしたので今度は漁師になりたかったらしく、スケッチボードに「港」って書いて、名護の港まで行きました。

そこで漁師に、「俺をうみんちゅ(海人)にしてください」って頼んだら、
最初は「はぁ、何ゆーとんねん。何しに来たん」って言われたんだけど、
「京都からヒッチハイクで来たんです。。。」的な事を話したら、
「ちょー待っとけ」となり、待ってたら、「お前明日から1か月インド洋の遠洋漁業の船に乗れ」って。
「あ、それは、さすがに長すぎる」ってことで、1週間の船に乗せてもらったらしいです。

んで、その船の上で、最初は船酔いが激しすぎて苦しいんだけど「負けねー」って叫び続けてたら、4日目くらいにはだいぶ慣れたと。

でも、電波もなくて、その漁師さんとインド人2人の4人きりで、孤独で、正直帰りたいって思ったみたい。

そんな1週間を過ごして、最後にそのどこの誰かもわからない人を船に乗せてくれた漁師さんは「たか根性あるよ。お前なら漁師になれるから、先生になれなかったら、戻って来な」って言ってくれたとの事。

そういう事を繰り返してきた彼が、「本気は人に絶対伝わるし、やれない事はないって思う」と言っていました。

自分の経験から全く同じ事を思ってたので、すごく納得。

本当に図々しく生きてみるものなんですよ。私はそうやって常に色んな人に助けられてきたし、そうやってやってきて、ほんとの本気で、総理大臣にもなれると思ってます。

ひんきょうなやっちゃ。

ま、またどこかで会いましょうや!

ってことで、なんかたかひとも大きくなったなって。あのやんちゃで悪ガキだった私たちがこうやって話すのすごく不思議な感じ。

でも、ちゃっかり私の所に泊まる気まんまんだった所とか、食器洗うで~って言ってあっさり帰る所とか、変わらんわー

ま、またどこかで会いましょうや!

マンション中に声が響くわ。でも、またどこかで会いましょうね!

 

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